カテゴリー別アーカイブ: 細川ガラシャ隠棲の地 味土野

細川ガラシャが幽閉された「女城」跡地

戦乱の世を強く生き抜いた細川ガラシャの隠せい地

ここはガラシャが幽閉された「女城」跡地である。

ガラシャは明智光秀の娘で名前は玉。

細川忠興に嫁ぐも、光秀が本能寺の変で逆臣となり、玉の身に危険を感じた忠興によってここに幽閉される。
幼いわが子たちとも離された心寂しい生活は二年余りに及び、玉は「身を隠す里は吉野の奥ながら花なき峯に呼子鳥鳴く」(『丹哥府志』)と、心境を残す。
その後、玉は豊臣秀吉の計らいで大阪へ移住。二十五歳で洗礼を受けて、ガラシャの名を授かる。関ケ原の戦いで忠興は徳川方に属し、石田三成から人質として大阪城に入るよう強要されたがガラシャは拒否。家老に胸を刀で突かせて、三十八年の波乱の生涯を閉じたという。

是非


大きな地図で見る