カテゴリー別アーカイブ: 間人(はしうど)皇后

タイザ温泉 炭平旅館のある京都府の難読地名・間人(たいざ)と聖徳太子の生母間人皇后とカニ宿お勧めの最上級ガニ・はしうど蟹

本日は間人温泉 炭平旅館のある

京都府京丹後市丹後町「間人」についてのお話です

たまに電話で

「まじん温泉?」とかお問い合わせ頂きます

wikipediaにも載るほど読み方が難しい日本を代表する難読地名の一つ、間人(たいざ)

この間人の名前の由来は

聖徳太子のお母さん「穴穂部間人(あなほべのはしうど)皇后」に由来するものです

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間人皇后は奈良で始まった戦乱を避けるために

当時「大浜の里」と呼ばれていたこの地に来られ数年間過ごされたそうです

戦乱も治まり都に帰る際

身を隠している間の大浜の里の住人の手厚いおもてなしに感動された間人皇后は

お礼にこの地域に貢献する為、7名の家来を常駐させた他、

皇后の名をこの地の名称として使用することを提案頂いたのですが

住人は地名と言えど呼び捨てにするのは畏れ多いとの事で

漢字だけ頂いて読み方は好きに読もうとしたそうです

ちょうど間人皇后が皇后の位を退座(たいざ)されるタイミングでしたので

間人と表記してたいざと読む難読地名が出来上がったとの事です

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ここで特筆すべきは

間人皇后が感動された手厚いおもてなし

時の神様のような身分の方ですので

例えば食事に至っては

本当に良いものを出そうと厳選に厳選を重ねてご提供したと思われます

一番良いものをご提供したいその真っ直ぐな心意気に

感動され支持されたのだと思います

 

その古くからこの土地に根付く

本当に良いものをご提供しようとする真っ直ぐな心意気を形にすべく

カニの宿、間人温泉 炭平旅館は今年から

炭平オリジナルのカニブランド【はしうど蟹】をスタートさせております

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お客様にご宿泊いただくその日、一番の良質な活ガニを楽しんで頂く為

カニを水揚げする各港の選別基準に加えて

当館独自の厳しい選別と徹底的な鮮度管理を行い

間違いなく美味しいと当館が自信をもってご提供できる本当に良いカニを

【はしうど蟹】と銘打ってご提供いたします

 

間人蟹をワンランク超える日本最上級のカニをご提供する新ブランド【はしうど蟹】

この冬は

身詰まりも良く、大きく食べ応えがあり

徹底的な管理により

カニ本来の上品な美味を楽しめるはしうど蟹で

カニってこんなにも美味しかったんだ!?と感動して頂けると思います

ぜひ炭平オリジナルの新ブランド【はしうど蟹】ご期待ください

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ご不明な点は是非お気軽にお問い合わせ下さい

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天橋立、城崎温泉より40分のドライブ

間人温泉 炭平旅館    橋本

〒627-0201

京都府京丹後市丹後町間人3718

tel:0772-75-0005, fax:0772-75-1476

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間人(はしうど)皇后と聖徳太子と楽しむ約800発の打ち上げ花火。2016年【間人みなと祭り】追記/間人温泉 炭平旅館のある港町・たいざの夏の風物詩

今年の間人みなと祭りは珍しく打ち上げ直前まで小雨がチラつき

関係者一同を大変ヤキモキさせましたが

血気盛んな晴れ男・晴れ女が沢山いそうな間人の町のおかげか

ちょうど打ち上げ時刻の20:30には小雨もやみ

無事に開催となりました

 

今回ワタクシめはこの祭りの花火を撮るのもはや3年目

個人的には一番きれいに撮れると思っている

大成古墳群という高台から景勝地の立岩を眺めつつ毎年花火を撮っていたのですが

http://www.sumihei.com/topics/?p=20457

流石に3年目ともなるとちょっと飽きがきまして…

 

今年は密かに2点の変更とチャレンジを計画しておりました

間人の町のシンボル間人皇后と聖徳太子像と打ち上げ花火のアングルを撮るために

①撮影場所の変更

②望遠レンズを使ったちょっと変わった花火写真の撮影

結論から言いますと②に関しては大惨敗でした

 

間人皇后と聖徳太子像は小山の頂上にあるのですが

カメラの三脚を立てたのがその中腹あたり

 

打ち上げ花火がはじまった直後

おむすびころりんみたく

暗闇の藪の中に転げ落ちていった望遠レンズ

撮影中断して何度か探しておりましたが

真っ暗で探し出せるわけもなく

あとの撮影は行方不明の望遠レンズの行方が頭をチラつくワタクシの豆腐メンタルとの闘いでした

撮りなおしたい感が半端ないですが

1人の男が葛藤の最中撮った今年の間人みなと祭りの模様良かったらお楽しみください

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天橋立より40分のドライブ

間人温泉 炭平旅館    橋本

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冬・凛とした空気に風情が増す丹後半島・間人百景/寒くなるとカニが美味しいと思う不思議

年始の寒波到来により積雪があったので間人の町のシンボル間人皇后・聖徳太子像のある立岩に

似たようなことを考える人もいるようで

雪をかぶった像の付近には先客のタイヤ跡と足跡が

立岩で海風が遮られて寒くないかなと思っていましたがまったくそんな事はありませんでした

ただ、冬の凛とした空気の中美しさの増す風景はすごく良いです

外にお出かけの際は厚着の服装でお出かけ下さい

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伊根の舟屋から約40分のドライブ

間人温泉 炭平旅館    橋本

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静御前~丹後七姫伝説とは

悲劇の英雄、源義経の愛妾「静御前」は網野町で生誕しました。

網野町には静御前を祀っているのが静神社があります。

静御前は磯に生を享け、父は磯野善次、「磯の衆」と呼ばれた海士の一族です。
七歳で父を失い母とともに都へ上りました。母は白拍子として有名になり、静も都で白拍子へと成長しました。やがて義経に見初められ、愛妾となりますが義経はその後、頼朝に追われる身となり離れ離れになります。

その後、疲れ果てた心身を休めるため、生まれ故郷の磯へと帰ってきました。

静神社から遊歩道でいく能舞台風の展望台から、

見渡す磯の風景は美しく切なく情緒深い絶景です。

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間人皇后伝説~丹後七姫伝説とは

 

古くからの言い伝えを集めた明治時代末の文献「間人村濫觴記録(たいざむららんしょうきろく)」によると、西暦587年、奈良・飛鳥から間人皇后(はしうどこうごう)が、この地を訪れたとしています。

間人皇后は、推古天皇を支えながら世を治めることになる聖徳太子の生母です。

皇后は6世紀に入り、蘇我氏と物部氏の、「仏教」を認めるか否かの争乱から逃れるため、領地であったこの地に7人の家来とともに訪れ、その身を置きました。

その家来の名は

穂見中江麿(ほみのなかえまろ)⇒中江
東漢直駒(やまとあやのあたいこま)⇒東
木目見宿禰(こめみのすくね)⇒相見
蒲田麿興世(かばたまろおきよ)⇒蒲田
小坂部民谷(おさかべのたみや)⇒小谷・谷
下戸部大連(しもとべのおおむらじ)⇒下戸
中臣村主忠世(なかとみのすぐりただよ)⇒中村

間人はこの名前の人ばかり、炭平は中江になります。

間人には、皇后が飛鳥からの遠い旅路で疲れた御足を清めたと伝えられている「足洗いの池」や、住んでいた場所と伝えられている「御所の壺」などが、今も残っています。

飛鳥に帰ることになった間人皇后は村人へ感謝の気持ちを込めて、自らの名前「間人」(はしうど)をこの地に贈りました。しかし、皇后の名前を、地名として使う事を畏れ多いと感じた人々は、代わりに、この場所から皇后が退いた事にちなんで、「たいざ」と呼ぶようになったと云われています。

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